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ノスタルジックに、心身ともに癒しを…台湾温泉。

高雄を観光した翌日、飲みすぎに食べ過ぎで疲れた果てた体は癒しを求めていた。
日本であれば、スーパー銭湯のサウナや水風呂で心身ともにリセットといきたいところだが、ここは日本の日常から遠く離れた台湾。

温泉の癒しは期待できないだろう。
そこで、宿のオーナーに確かめてみた。
「温泉あるよ。今から行けば、今晩までには帰ってこられると思う。」
こうして、私の温泉という日常を求める旅は始まった。

高雄から四重渓温泉へ
日本統治時代に作られた温泉街

オーナーの話によると、台湾はまさに温泉大国なのだそうだ。

台湾は皆さんご存知の通り、島である。
その国土は、日本で言うところの九州ほどの大きさだ。
その島は、環太平洋地震帯の中にあって、島全体に温泉資源が多く存在する。

1895年から1945年まで台湾は日本によって統治されており、その折に日本の温泉文化が持ち込まれた。
その結果、島全体に存在する温泉資源が活用され、現在では100箇所以上の温泉がある。

その中でも四大温泉として人気なのは、北投、陽明山、関子嶺、四重渓がある。
今回は、台湾最南端の温泉地「四重渓温泉」を選んだ。

高雄からの道中は、どこか懐かしさすら覚える。

高雄駅横のバスターミナルから国光客運の墾丁行きバスに乗る。

バスは南北に連なる山脈に沿って南下していく。
左には山、右には海。

日本の田舎にも、このような光景があったような気がする。
車内では、おばさん達が和気藹々と談笑に花を咲かせている。
私は、中学生時代の修学旅行でのバス車中の楽しさをフト思い出した。

途中、バスからタクシーに乗り換えて温泉へと続く山道へと入っていく。
運転手のおじさんは、還暦を過ぎていると思われる高齢の方で日本語を少しだけ話すことができた。
「さる!! あそこ!ほら、みちのよこ!!!」と道中ふっと、おじさんの口から飛び出した言葉に、はっと、させられる。
それは私が知っている日本語のイントネーションとは、まるで違っていたのだった。
私の知らない日本語。
もしかしたら、それは70年前のアクセントなのかもしれない。

ここは異国か?タイムスリップか?
いざ温泉入浴

温泉街の一番奥には、日本統治時代に、軍の将校のための招待所として作られた日本建築の温泉旅館(日式温泉館清泉)が佇んでいる。
外観は、日本の古い校舎のようだ。
あの高松宮夫妻が新婚旅行で訪れた伝統ある温泉地としても有名だ。

露天岩風呂

湯に滑りはなく肌触りはさらりとしている。
そして色は錆を溶かしたような薄い透明茶褐色で微かに鉄の匂いがした。

浴槽は、いくつかあり温度の低いものと高いもの、そして打たせ湯にジャグジーのついた水風呂と、種類に富んでいる。
浴槽の横には、屋根付きのソファー付きの休憩所があって、地元の人たちが新聞を読んだり、持参したお弁当を食べたりしている。
それは、まるで田舎の保養所といった感じで、のびやかな時間が流れていた。
私は、湯けむりに当たりながら、買ったラムネ(日本の銭湯で売っているのと同じもの)を飲んでいたら、昼下がりの陽気の中で心地よくなり、うつろうつろとしていた。

泉質分析表

日本でも、おなじみの泉質分析表。

ロッカー

日本の温泉のような脱衣場はない。
ブースで区切られたシャワー付き更衣室で着替えて、衣服と手荷物をロッカーに入れておく。
写真数点見ていただいただけでも、「昭和の温泉」と見間違うほどではないだろうか?

おわりに

夏目漱石の小説『坊っちゃん』を思い出した。
四重渓温泉は、主人公が通う道後温泉に似ているような気がしたのだ。
田舎の温泉にゆっくり入って、それから休憩所で寛ぐ。
スーパー銭湯のように決して豪華ではないけれども、そこには素朴な温泉の良さがあった。

台湾の中で体験する日本の温泉。
そこには、私たちが昔、慣れ親しんだ憩いの場が残っていた。
四重渓温泉以外にも台湾には数多くの温泉があり、それぞれの趣は違っている。
台湾旅行の際には温泉という観光の選択肢も考えて見てはいかがだろうか。

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