京都・滋賀を跨る「比叡山延暦寺」…その歴史と魅力に迫る。
人気の観光地、古都・京都。
一年を通じて、国内外からの観光客で溢れ返っている。
アナタも修学旅行や友人・家族との旅行などで、一度は行ったことがあるのではないだろうか。
しかし、この京都の人気観光スポットは、東の清水エリアと西の嵐山エリアに、二分されている。
それ以外の場所に行ったことがあるという人は少ないと思う。
1200年以上の歴史を誇る、天台宗の総本山。
世界遺産・比叡山延暦寺の歴史と魅力についてご紹介したい。
「名前は知っているけど、行ったことはない…」そんな人が多いはずだ。
霊峰「比叡山」…その中核を担う「延暦寺」
標高839m。
京都と滋賀に跨り、天高くそびえ立っている霊峰・比叡山。
「世の中に山てふ山は多かれど山とは比叡のみ山をぞいふ」と、平安・鎌倉時代の歌人・慈円が詠った通り、当時は「山と言えば比叡山」のことを指していた。
そんな比叡山に、最澄によって天台宗延暦寺が建立されたのは788(延暦7)年。
それから1200年以上にわたり、法灯を守り伝えてきたというのだがら驚きだ。(※延暦寺には1200年以上燃え続けている灯明がある)
信仰の山として、今なお人々から慕われているのも頷ける。
日本仏教の育ての親「延暦寺」その栄光と挫折、そして再興
法然上人(浄土宗)、親鸞聖人(浄土真宗)、一遍上人(時宗)、道元禅師(曹洞宗)、日蓮聖人(日蓮宗)など…
建立以来、延暦寺は各宗派の祖師たちを大勢輩出してきた。
日本仏教の育ての親、それが延暦寺なのだ。
最盛期には3000もの寺院があったと云われ、正に日本仏教の最高峰だった。
しかし、その栄光も長くは続かない。
1571(元亀2)年、織田信長によって全山焼き討ちの憂き目にあってしまうのだ。
このとき、多くの僧侶が殺されたという。
そんな状況にあっても、何とか命からがら逃げのびた僧侶たちが武田信玄に庇護を求め、信玄は延暦寺復興を果たそうとするが、道半ばで病死。
その後も僧侶たちは辛酸を舐めさせられ続けたが、信長が本能寺で倒れて以降、豊臣秀吉や徳川家康の手によって延暦寺は再興された。
世界遺産として
知っての通り、京都には多くの世界遺産がある。
しかし、意外と認知度が低いのが比叡山延暦寺。
1200年の歴史と伝統が高く評価され、1994年に古都京都の文化財の一部として、ユネスコ世界文化遺産に登録された。
ちなみに、比叡山全域を指して延暦寺。
比叡山散策も、立派な世界遺産体験になるのだ。
1200年の歴史に裏打ちされた、見事な景観。
これほどまでに美しい山だからこそ、心を清めて皆修行に専念することができたのかもしれない。
寺や仏像も見事なものだが、比叡山延暦寺を訪れる際には山全体の雰囲気、その心穏やかになれるような景色を楽しんでいただきたい。
おわりに
延暦寺、実は所在地は滋賀県。
厳密に言えば、京都府の寺ではないのだ。
それだけに、京都観光で寄る際には少し遠出になってしまう…。
だが、1200年の歴史と伝統に、その美しい景色。
遥か昔より僧侶たちが修行する霊峰・比叡山。
そして、その魂を脈々と受け継いでいる延暦寺。
今尚、仏教界にとって山と言えば、寺と言えば、比叡山延暦寺なのだ。