悲しみを乗り越えるために…「喪の仕事」を知る
人の人生には、さまざまな「悲しみ」が存在する。
その最も強い悲しみは、身近な人、愛する人の死だろう。
その時の絶望感は、測りしれない。
また、自分だけではない。
大切な人、友人、職場・・・彼らにもまたその悲しみは訪れている。
そんな時、自分自身と、どう向き合えばよいのだろう。
どんな声をかけ、接すればよいのだろう。
精神医学者フロイトが提唱した「喪の仕事」をご存じだろうか?
喪失体験の直後から、誰もが従事することになる、「精神的な仕事」があると言う。
生きていくうえで非常に大切な「喪の仕事」について知って頂きたい。
喪の仕事とは?
喪失体験を受け入れ、立ち直っていく心理的な過程を「喪の仕事」または「悲嘆の作業」と呼ぶ。
耐え難い悲しみに襲われるとき、ただその悲しみに暮れる…
これは、決して、ネガティブなことではない。
むしろ必要不可欠だと説いている。
立ち直るためには、「悲しむ」ことから逃げず、しっかりと「喪の仕事を終える」ことだと。
しかしそれは、決して、たやすいことではない。
喪失感の大きさ、背景などによって、状態も再生までに要する時間も、個人差がある。
まして、早く終わらせようとして、終わるものでもない。
喪の作業には、「省略は出来ないプロセス」があるとされる。
フロイトの理論をさまざまな学者が発展させ、精神分析学者ボウルビィが、4段階に分けて説明した。
「喪の仕事」のプロセス
1.無感覚・情緒の危機
喪失を知り、激しい衝撃によるショック状態で感覚が麻痺する。
「急性ストレス反応」の一種で、直後から1週間ほど続くとされる。
事実を受け止められず、呆然としたり、無感覚になったり、混乱してパニックを起すなど、激しい情緒不安定になることがある。
2.否認・抗議の段階
失った事実を認めようとせず、深い悲嘆と、強い愛着に苦しむ。
「もうその人はいないんだよ」と、喪失を認めさせようとする者に対して、怒りや敵意を覚える。
自分を置いてなぜ逝ったのかという、やり場のない空しさや怒り。
後悔や、罪悪感、自責の念にさいなまれたりする。
その他には、まだ存在していると錯覚して、実生活でもそのように振る舞ったり、探し求めたり、空想の中で関係を取り戻そうとすることもある。
3.断念・絶望の段階
事実を受け入れ、失ったことが決定的だと認識し、断念する。
もはや何をしてもダメだ…と絶望し、無気力になる。
愛着を持つことで支えられていた気持ちが壊れ、失意や抑うつに支配される。
孤独感にさいなまれながらも、人との交流を避けたり、引きこもったりする。
4.離脱・再建の段階
だんだんと感情が穏やかになり、現実に直面しようとする。
亡くなったことに対しても、肯定的に物事を受け止めはじめる。
新たな環境や人との関わりの中で、希望を見つけ出そうとする。
生活をたて直し、新しい自分に向けて歩き始めながら、立ち直っていく。
これら一連の作業は、無理に悲しみを「治す」のではなく、「治る」ためのプロセスである。
喪の仕事に対する誤った考え
喪の仕事の始まりは葬儀である。
だが、残された者は、悲しみをよそに多忙を極めることになる。
気持ちを抑えながらこなし、一連の儀式が終わってから「やっと泣けてきた」という事も多いものだ。
そうして、ようやく悲しみに向き合う時間ができる。
だが問題は、それからの過ごし方である。
苦痛に耐えられず、悲しみや辛さから目を背けることに懸命になってしまう。
「明るく振る舞おう」「考えないように忙しくしよう」
「涙を見せていけない」「早く立ち直って元気になろう」・・・
そうやって、「喪の仕事を滞らせてしまう」ことが往々にしてある。
そうした結果、実に何年も経ってから、突然、重篤な心の病に陥るということもあるのだ。
「悲しみ尽くす」からこそ
愛する人を亡くした深い悲しみは、どんな好事があろうとも、すぐに消えはしない。
喪の仕事の最中は、各段階が複雑に行き来し、心が揺れながら進んでいくものだ。
時が解決する・・・それも確かである。
だが、先にも述べたように、良かれと思って無理に頑張ってしまえば、時の経過が逆効果になり、傷口を深めることにもなる。
大事なことは、励ましや、助言ではない。
心に寄り添い、十分に悲しめる環境を作ることだ。
これは、人にも、自分にもである。
そうした結果、亡くした人への穏やかな愛おしさが、新たな支えになることもある。
もし、人前で泣きたくない、気を使わせたくないと思うなら、尚更、一人の時に、湧き上がる悲嘆を抑えず、思いっきり悲しみ尽くすことだ。
それは、大切な再生のプロセスなのだから。
おわりに
悲しみは、なにも「死」だけでない。
恋愛、仕事……大小の悲しみや、喪失感は訪れる。
他人には理解しがたい、どうしようもない苦痛に、自分を見失ってしまうこともあるだろう。
そんな自分を、再生する「喪の仕事」は、生きる上で最も大きな仕事かもしれない。
人には、本来、立ち直っていく力が備わっている。
再生の形は、人それぞれだろう。
だが、もしあなたが、周りの人が、今その渦中にあるなら、「喪の仕事」のプロセスを知っていてほしい。
それだけでも、自分自身の対処、人へのこころ配りが、少しでも変わるのではないだろうか。